マラッカガイドのTopに戻ります
Homeマラッカガイド>マラッカの歴史
★マラッカの歴史
 マラッカ王朝の起源
 マラッカ王朝の繁栄
 王朝の繁栄と朝貢
 イスラム教を国教に
 国際政略結婚
 王朝の政治体制
 マラッカ王朝の倫理観
 マラッカの歴史年表
マラッカガイド
 マラッカへのアクセス
 長距離高速バス
 クアラルンプールから
 シンガポールから
 マラッカの地図
 マラッカ市内中心部
 マラッカ州地図
 マラッカの衛星写真
 マラッカの観光名所
 マラッカ市内の名所
 アイルケローエリア編
 アローガジャ・エリア
 ジャシン・エリア
 マラッカ宿泊情報
 イチオシ名店シリーズ
 チーズタルトのお店
 トロピカル果実
 タンドリーチキン
 ニョニャ料理カフェ
 ディスカバリーカフェ
 洋食とマレー料理
 シーフードレストラン
 海南鶏飯(ハイナム)
 バトゥパハッ本格珈琲
 コンタクトレンズ
 温故知新写真館
 馬車とじゃり道
 ジャンク舟の往来
 ジョンカーウォーク
オールアバウトマラッカ
 マラッカの実用情報
 マラッカの夕陽
 B級グルメの調理人
 マラッカのB級グルメ
 ガイドブックにない名所
 メジャーな観光名所
 マラッカの手作りアート
Tony'sNet Home
 サイトプロフィール
 更新記録
 サイトマップ
マレーシアガイド
海外ケータイのススメ
KLIA空港利用裏技
タイ王国ガイド
ネパールガイド
B級グルメ攻略法
厳選リンクのページ
レトロな街並みを今に伝える「リバーサイドウォーク」。夕暮れ時のジャランジャラン(お散歩)にオススメできる観光スポットです
Visit Melaka Means Visit Malaysiaこれは、マレーシア政府観光省が数年前から利用しているマラッカ観光PRのキャッチフレーズです。日本語に訳してみると「マラッカを訪ねること、すなわちマレーシアを訪問すること」という意味になります。ちょっと悪ノリして拡大解釈してみれば、「マラッカを知らずしてマレーシアを語るべからず」とも言い替えることができます。

筆者がマラッカに漂泊して6年。マラッカでの生活や史跡巡りの日々を振り返りますと確かにマラッカにはマレーシアの歴史がぎっしり詰まっています。歴史的建造物だけではなくマレー民族の伝統、多民族が共栄するための宗教や文化の融合がハーモニーを奏でるかのように見事に融け込んでいます。マレー系先住民族はもちろん中華系移民、ポルトガル人の子孫ユーラシアン民族、混血のババニョニャ民族、インド系移民が肩を寄せ合い歴史の街マラッカを形成しています。

マレーシアの歴史を紐解くときそれはマラッカの歴史を探ることになります。この章ではマラッカの歴史を取り上げ解説していきます。マラッカの街に今でも残る史跡見物を10倍ワクワクさせる「楽しくてためになる」コーナーにしていきたいと思っています。下のコンテンツ・リンクからどうぞ!
2005年9月20日
マラッカ王国を攻撃し植民地として統治したポルトガル軍が建設したファモサ要塞(サンチャゴ砦)と庶民の人力三輪車(トライショー)。トライショーの運転手さんはマラッカの街を知り尽くしています。道に迷ったら恥ずかしがらずに頼りましょう(^^)
誰も書かなかったマラッカの歴史
第一章 マラッカ王国
1396〜1511年
1-01 マラッカ王朝の起源
1-02 マラッカ王朝の繁栄と朝貢(前編)
1-03 マラッカ王朝の繁栄と朝貢(後編)
1-04 アラブ交易誘致のためイスラム化を推進
1-05 多民族国家の礎 国際政略結婚
1-06 マラッカ王朝の政治体制
1-07 マラッカ王朝の倫理観
第二章 ポルトガル時代
1511〜1641年
現在構成中
第三章 オランダ時代
1641〜1824年
現在取材進行中
第四章 イギリス時代
1824〜1957年
現在取材進行中
第五章 日本占領期
1942〜1945年
現在取材進行中
第六章 マレーシア独立
1957年〜
現在取材進行中
第七章 歴史年表 7-01 歴史年表資料公開中

第1章 マラッカ王国開祖 若き国王パラメスワラに進む
マラッカの歴史Topページに戻る

マラッカガイドのTopに戻る
Tony'sNetのHomeに戻る
Tony'sNetのホームに戻ります