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トライショーとファモサ(サンチャゴ砦)
1511年にマラッカ王朝を駆逐し植民地経営に乗り出したポルトガルによって建造されたファモサ要塞史跡。別名サンチャゴ砦とも呼ばれています。シンプルだが堅牢で、中世ヨーロッパのデザインを今に伝える貴重な建造物です。

マラッカ海峡から攻め込んでくる外敵の侵入を防御するため、司令本部を含むセントポールの丘の周囲をグルリと囲む高さ5メートルもの城壁が築かれました。ポルトガル軍進駐当時、城内に出入りする通用門として4ヶ所の門(ゲート)が設置されました。サンチャゴ砦はその4つの門のうち現存するたった一つのゲートです。設置当時、この砦の外側は海でした。2006年現在、この砦からマラッカ海峡の海岸線まで約700メートルありますが、すべて埋め立て地なのです。

後にこのマラッカを征服したオランダの東インド会社もこの要塞を利用しました。1795年に英国がこの砦を破壊するため火薬まで仕掛けたところで、スタンフォード・ラッフルズ卿(シンガポール中興の祖)が「この建造物は偉大な開拓者の英知を後世に伝える貴重な資料だ!と力説し破壊は中止されました。(拍手)

このサンチャゴ砦はマラッカで一番名物度の高い史跡であるため99%の観光客が立ち寄ります。もちろん日本語で書かれた観光ガイドブックにも99%の確立で紹介されています。しかし数あるガイドブックの中には勘違いした記述もあるのでご注意ください。一例を取り上げておきます。

誤:「マラッカの領有を巡ってオランダと戦ったポルトガルが1511年に築いた砦」

1511年にオランダはマラッカの領有を巡って交戦した事実はない。1511年にポルトガルが交戦したのは東西交易により栄華を極めたマラッカ王朝との戦いでR。

誤:地元では「ア・ファモサ( A Famosa)」とも呼ばれている人気のスポットです

ア・ファモサではなく「エー・ファモサ」と呼ばれています。

誤:ポルトガルがオランダとの戦いに備えて造った大砲もあります

確かに、大砲はこの砦の外側に6本並んでいますが、コレはポルトガル時代のモノではなくオランダのアムステルダムで1700年代に作られた本物が展示されています。昔の写真を注視するとこの場所に大砲は確認できません。観光客向けにディスプレイされたのは1990年代だと思われます。昔の写真はコチラから
夜のファモサ要塞。ライトアップされています

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